2012年3月18日日曜日

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

現代のロンドン。
かつて英国初の女性首相だったマーガレット・サッチャー(メリル・ストリープ)は、既に他界して久しい最愛の夫デニス(ジム・ブロードベント)の死を受容れられず、認知症に苛まれていた。
愛する夫や子供たちとの時間を犠牲にし、深い孤独を抱えたまま不況と低迷にあえぐ英国の再建のために闘い続けたあの時代。苦しいときに陰でいつも寄り添ってくれていたデニスの幻影と、毎日、会話をしながら、かつての思い出の世界を生きているのだった。

名優メリル・ストリープが第84回アカデミー賞で主演女優賞を勝ち取った作品。
雰囲気は、かつてニュースでよく見かけたサッチャー首相そのもの。
(チョッと大柄になった感じは置いといて)
しかし、この作品で描かれるのはかつて「鉄の女」とまで言われた女性政治家が認知症に苦しむ悲哀だ。
ヨタヨタと外出し、スーパーで買い物をする冒頭のシーンからして心を掴まれた。
メイキャップ賞を受賞した老けメイクは見事としか言いようが無い。

作品は夫の遺品を整理しようとする現代の彼女と、ふとした瞬間に思い出す、若かりし頃や、政治家として理想に燃え、信念で国を動かし続けてきた時代の間を行き来する。
そして、亡きテニスと語り合う。そういう趣向で、マーガレット・サッチャーの半生を描いている。

認知症とは言え、まだ存命の政治家を描いた作品だから、過去のシーンにフィクションの要素は少ない。
しかし、スリリングな政治ドラマを期待すると肩透かしを食らうだろう。
政治に女性が参加することは稀な時代に政界に入り、厳しい時代に、如何に厳しい決断を下してきたか、起こった事件と、エピソードを事実を元に淡々と描くこの作品だが、視点はあくまでも夫婦の映画になっている。

女性として、母として、妻としてのマーガレットの苦悩にスポットを当てているこの作品は、彼女のことを知らない世代にも、また、この頃の政治情勢に明るく無かったとしても難しいこと抜きに、共感出来る様に作られている。

彼女が首相だった時代のイギリスが如何に大変だったか、時折挿入される当時のニュース映像は衝撃的だ。
過激な労使抗争が吹き荒れ、景気は低迷し、財政は破綻、デモ隊の中に、騎馬警官隊が凄い速度で突っ込んでいったり、暴徒が火炎瓶を投げ...警官はガンガン警棒で殴り付け、そこいらで爆弾テロが起き...。
そんな中、フォークランド紛争で勝利することで、国をひとつにまとめ、国の景気を上向け、やがて東西冷戦が終結。EUの加盟に反対する頃、党内で孤独が深まり、やがて退陣に至る。
物凄い激動の時代のリーダーだったわけだ。

強いリーダーシップが求められる中、答えが見出せないように見える現代。
EUが今や、ひどい状況だけに、政治家としての晩年のシーンで「ポンドを捨てるなんて在り得ない」と、激高するシーンなんかは、妙に感慨深かった。


2012年3月12日月曜日

シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム

連続爆破事件が発生。
捜査を進めるホームズ(ロバート・ダウニーJr.)の前に立ちはだかったのは、天才的犯罪者モリアーティ教授(ジャレッド・ハリス)だった。



ロバート・ダウニーJr.×ジュード・ロウ×ガイ・リッチー監督のワルノリな「シャーロック・ホームズ」が、さらにスタイリッュに、アクションもエキサイティングになって帰ってきた。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」でジョニー・デップがそうであるように、この作品の魅力の殆ど全部は、ロバート・ダウニーJrの醸し出す、チャーミングな駄目駄目中年ホームズにある。
脚本が上手くないからなのか、話の筋はよく判らなくなるし、肝心のモリアーティには、どうも悪のカリスマが感じられず、残念なところが散見されるこの作品だが、ガイ・リッチーの映像センスと、前述した駄目中年の魅力で強引にそれを帳消しにしてくるパワーが、どうやら、このシリーズには宿っているようだ。

そんなわけで、感動も感嘆も、特に無い。
アクションも前に輪を掛け馬鹿馬鹿しい。
特にお奨めってワケじゃないけど、俺はロバート・ダウニーJrが好きだから満足でした(笑)。







戦火の馬/壮大なオトナの寓話

1頭の美しい馬が少年アルバート(ジェレミー・アーヴァイン)の農家にひきとられた。アルバートは馬を「ジョーイ」と名付け、かけがえのない友情を結ぶが、第一次世界大戦の開戦の機運は日増しに高まっていた。
やがて、戦争が始まり家計の助けに英国軍の軍馬として売られたジョーイは、フランスの戦地に送られる。


スティーヴン・スピルバーグ監督の新作の主役は「馬」だった。
ジョーイの手を離れて以降、馬の前に次々と現れる人間たちは、戦禍の中で散々な目に会いつつ、誰も彼もが姿を消していくが、そんな人間たちのエピソードは、この馬の前では刺身のツマみたいなものだ。
極力本物の馬を使って撮影したというこの作品において、馬は眼で語り、いななきや、ギャロップ、そのあらゆる動きがエモーショナルで、観客に感情を訴えかけてくる。その姿は、ときに神々しく、そして美しい。
誰よりも何よりも輝いていたのは「馬」だ。

描かれるのは軍馬にされた馬が数奇な運命を辿りながら元の飼い主の下へと戻る話。
人間にいい様に利用され戦場を必死に生き抜く馬が、迫力一杯で描かれる戦争を走り抜ける。

度々、馬の前に現れる人間たちは、戦争の中にあっても馬との触れ合いを通じて、「良心」に対して誠実に行動を取ろうとする。この話にリアリティなんて無い。
作品中に描かれるキャラクターを通じて「良心とは、こうあって欲しい」という願望が映像化された様な題材だ。

つまり、壮大なオトナの寓話。健気な馬に感動させられる話だ。

ところでこれ、元々、有名な舞台作品だったと知った。
それを聞くと戦場の広がり感や、馬をどんな手法で演出したものか、ステージ版が気になって仕方なくなってきた。

2012年3月4日日曜日

ヒューゴの不思議な発明

駅の時計台に隠れ住むヒューゴ(エイサ・バターフィールド)は、唯一友達のように思っている父の形見の機械人形の修理をしながら、毎日を過ごしていた。
やがて気難しいおもちゃ屋の老人ジョルジュ(ベン・キングズレー)の娘、イザベル(クロエ・グレース・モレッツ)が機械人形の修理に必要な“ハート型の鍵”を持っていることに偶然気付く。
それは、封印されていた過去の記憶を蘇らせる物語の始まりだった。


巨匠マーティン・スコセッシ初の3Dファンタジー映画。
ファンタジックでありながらアートの様に美しく、映画産業創生期の偉大な作家たちへの尊敬や映画愛にあふれたオトナの鑑賞に堪える作品。
内容的には、ファンタジーのアプローチにはなっているが、決して、おとぎ話的な作品ではなく、むしろ人間を描いたドラマになっている。流石にそこは、スコセッシだ。
子供向けとして考えると、はっきり言って小難しい。(笑)。

あっという間に死んでしまう父親役のジュード・ロウ。
秘密を抱えた気難しいキャラクーを演じたベン・キングズレーなど、名優陣と対等以上に渡り合う子役のエイサ・バターフィールドや将来が楽しみな美少女クロエ・グレース・モレッツが、非常に瑞々しくてよい演技を見せる。

最後に3Dについて。
高さを感じるような夜景シーン、駅の雑踏をリアルに描いたり、美しい美術をより魅力的にスクリーンで表現する上で、この作品の3Dは大きな効果を上げている。
2D版も公開されているが、作品世界に没入したいのであれば、ぜひ、3Dでの鑑賞をお奨めしたい。





アフロ田中/コミックさながらの奇妙な動きを繰り返す松田翔太

のりつけ雅春の人気コミック「上京アフロ田中」を実写化。
強烈な天然パーマでこの世に産まれ落ちた田中(松田翔太)は24歳にして未だ彼女なし。
“仲間5人のうち誰かが結婚する日には、その時の彼女を連れてくる”という高校時代の親友たちとの約束を前に、焦る田中のボロアパートの部屋の隣に、可憐な美女、加藤亜矢(佐々木希)が引っ越してきた。


これまでのクールでシャープな松田翔太のイメージを覆す、青春童貞馬鹿映画。
アフロのズラを被り、コミックさながらの奇妙な動きを繰り返す松田翔太と、やっぱりカワイイ佐々木希が全てといっても過言ではない作品。
内容は全編、中学生ノリで大のオトナが大騒ぎしているのをどれだけ楽しめるかに掛かっている。

馬鹿でエロな妄想をしながら、可笑しなテンションで突っ走った漫画原作の映画には「モテキ」があったが、似たような題材でありながらも、あの作品ほど、共感できるテンションの持って行き方になっておらず、何だかユルくて微妙な苦笑の連続の中、終わってしまったよ。おいおい。

キャラや題材の面白さはあったのに、何だか盛り上がりきらずに地味に終わってしまった勿体無さを感じつつ、苦笑いで劇場の席を立った。
監督は松居大悟。これが初監督作品らしいが、自分も童貞だと公言。
監督業の方がデビューが先になったというエピソードの方が、正直、本編よりもドラマチックだ。